遺跡省、サッカーラで最大の墳墓発見
遺跡高等委員会は、サッカーラで第二十六王朝に遡る二つの遺跡墳墓を発見したと発表し、その声明で、「一つ目の墳墓は、サッカーラで最も大きく壮大な遺跡墳墓の一つに数えられる」と述べた。
同委員会事務総長でサッカーラ調査長のズーヒー・ハウワースによると、墳墓は岩に刻まれており、サッカーラ遺跡地区入り口の橋の袂で発見された。
彼はこう付け加えた。「一つ目の(大きい方の)墳墓は、サッカーラ遺跡地区で発見された種類のもので、数多くの通路と内室、広間をもち、岩に刻まれた巨大な大広間と言える。そこから多くの部屋に枝分かれし、墳墓の外側には巨大な二つの壁があり、その一つは石灰岩からできていて、もう一つは『加熱されていないそのままの土』である日干し煉瓦からできている。これらは墳墓に対して東の方向で面している」。
ハウワースの述べるところでは、彼は多くの土埃のある二つの部屋を発見したが、これは建築廃材の古い土であった。部屋は広間に通じていて、そこで埋葬者たちと多くの素晴らしい祭壇と土器の容器が発見された。広間から枝分かれした入り口は小さな別の広間につながっていて、そこには深さ七メートルの井戸があった。
墳墓北側でも部屋が発見され、そこには多くの容器と土器の破片、いくつかの古い埋葬者があり、よくできた土器の容器と鷹のミイラが発見された。
二つ目の墳墓については、その内側では小さな閉じられた部屋と、石灰石の建造物が見つかった。多くの土器の容器と埋葬者は、サイス朝とそれに続く時代に遡る。
サッカーラはカイロ近郊の遺跡地区。ガイドブックなどには「サッカーラ」とフスハー読みの名称が載っていますが、エジプト方言だと「サッアーラ」の方が近いです。

