車に轢き殺されかけ、シーニー兄ちゃんを殺しかける あとマルチーズ

 起床、朝食。昨日は実質授業がなかったので、宿題もありません。夕方の授業開始まで出かけようかなぁ、でも炎天下を歩きたくないなぁ、と迷いながら、とりあえずタバコだけ買いにホテルから出る。
 タバコはすぐ近所の「スーパーマーケット」で売っていますが、これは日本で言う「スーパー」ではなく、キオスクのような売店で、コンビニ的存在です。所謂「スーパー」も「スーパルマルケット」と呼んでいるので、最初混乱しました。
 ぶらぶら歩いていると、後ろからホテルの従業員の一人が歩いてきます。前に話したことがあって、「僕の名前覚えてる?」と言われたのですが、申し訳ないけど覚えていませんでした。「ごめん、えーと・・」と考えていると、後ろから彼の上司らしき人物がすごい剣幕で怒鳴りながらやってきます。
 彼はニコっと微笑んで「ちょっと待ってて」というジェスチャをして、迎え撃つようにこれまた大声で怒鳴りながら上司の方に向かっていきます。早口のアーンミーヤでさっぱりわかりませんが、ハタからみたらいつ殴り合いが始まってもおかしくない風景です。
 こういう喧嘩は、もう町の至るところで見られます。でも手を出すことはまずないし、終わった後は何事もなかったかのように平静にしています。ニコニコした笑顔から人も殺しかねない喧嘩モードへの切り替えの速さが、尋常ではないです。
 日本であの勢いで喧嘩していたら、血を見てもおかしくないですし、確実に警察がやってくるでしょう。そんなに喧嘩するのも凄いし、暴力には発展しないのもすごいです。
 何となく気分が晴れないままマタァムでぼんやりしていると、ホテルのちょっと偉い気味の人が「どうしたの」と話しかけてきます。わたしはバスの乗り方をマスターしたくて、それから文房具を書いたかったのですが、そんなしょうもない質問をぶつけてみました。
 彼は大変英語が上手なのですが、強引にフスハーで会話してみます。彼もアラビア語に切り替わりますが、コテコテのアーンミーヤです。でも、とりあえずバスについての情報と文房具屋の場所は理解できました。こんな簡単な会話で、聞き取り60%くらいでしょうか。子音のパターンを頭の中でフスハーに変換するとわかるのですが、会話中にそんなことやってる暇はありません。
 でも、とにかく会話が成立したことで、かなり気分が良くなりました。
 文房具屋さんまで出かける。
 すぐ近所なのですが、炎天下で何度か道を尋ねてウロウロしたので、それだけで体力を消耗する。加えて、文房具屋さんの店員が取り澄ました感じで鼻についたので、気分が悪くなって帰ってくる。OA機器などを一緒に扱っている、日本ならちょっとクラシカルなスタイルの文房具屋だけれど、冷房が効いてて清潔。
 ホテルに戻ってネットにつなごうとすると、webが閲覧できません。
 無線LANのアクセスポイントは生きていますが、pingを打ちtracertしてみるとルーターが落ちているっぽいです。レセプションの人に「ルーターが落ちているみたいだけど」と言ったものの、おじいちゃんでさっぱり要領を得ず、諦めました。
 なんだかぐったりして、そのままお昼寝。
 昼過ぎに起きて、授業の始まる前にマタァムに行って、いつものチーズサンドイッチを食べる。
 まずA先生の授業ですが、恐ろしくテンションが上がらず、もうココロがもぬけの殻のよう。先生には申し訳ないけれど、何だか色々なストレスで喋る元気が出ません。淡々と教科書を朗読するのが何とかって感じです。後半、少しずつ元気が出てくる。
 続いてM先生の授業は、そこそこ元気にスタート。観光について討論する。そこまでは良かったのですが、文法の講釈になったあたりからまた低テンションがぶりかえしてきて、どうにも言葉が出てこなくなる。
 最後の方で、立ち上がってウロウロ歩きながら喋ってみたら、少し元気が出てきたので、できたらこの「動きながら喋る」方式を認めてもらいたいと思う。
 授業後、ネットが回復しているかもう一度試してみるものの、やはり駄目。レセプションの人がもうちょっと若い人に交代していたので、「ルーターを再起動したらたぶん直る」と伝えました。今度はちゃんと理解してくれたようで、見事ネット回復。
 こっちの功績を褒めてくれても良いようなものなのに、英語で言ったことで「君はアラビア語を勉強に来ているのだから、アラビア語で話さないと駄目だ」と、こういう時だけ綺麗なフスハーで諭されます。その通りだけど、「ルーター再起動」ってアラビア語でどう言うねん・・あとで調べます。
 イライラすることは色々あるのだけれど、一つは滞在場所やその価格に関する交渉で腑に落ちないところがあること。間に入った日本語の話せるエジプト人が、どうも直感的に好きになれないこと。
 もう一つは、昼間は暑くて出歩けず、宿に軟禁みたいな状態の上、気合で出かけると「シーニーシーニー」はやしたてられて辟易すること(シーニーヤは中国人ですが、ちゃんとヤーバーニーヤと言ってくることもあります。英語の時もあります。当然ながら、中国人か日本人かというのが問題なのではありません。わたしが本当に中国人でも、大きなお世話です)。
 夜は気持ち良いので散歩に出るのですが、やはり口笛を吹かれたり変なナンパが寄ってきたり「シーニー」があること。
 授業が終わった時点で疲れ果てていたのですが、このストレスを抱えたまま眠りたくない、と思い、気合で長距離散歩に出ることにします(わたしは日本では三四時間平気で散歩しています)。
 いつも行く爆撃跡みたいな広場方面ではなく、綺麗な町の方へ歩いてみることにします。とはいえ、道自体は車のクラクションがうるさいだけで、ちっとも楽しくありません。
 ある交差点で道を渡ろうとしたところ、目の前で追突が起こり、追突された方の車がモロにこっちに突っ込んできました。間一髪で交わしたのすが、あやうく死ぬか大怪我するところでした。
 追突した車は何事もなかったかのように走り去っているし、追突されてわたしを轢きそうになった車の運転手も、停車して自分の車の心配をしています(彼に罪はないのですが)。
 ブチ切れて各種言語ミックスでどなりつけ、そばにあった標識に曲がるくらい蹴りを入れて威嚇したものの、追突された彼には今ひとつヤバさが伝わっていません(繰り返しますが、彼には罪がないですし)。
 ちなみに、この交差点は交番のような警察詰め所の目の前で、三人ほどの警官がいたのですが、彼らは見ているだけでまったく何もしませんでした。まぁ、介入してきたら、わたしも器物破損か何かでつかまっていたかもしれないので、その方が良かったですが・・。
 この調子で散歩していると、一度も轢かれずに日本に帰れる自信がありません。
 プリプリしたまま歩き続けます。
 タラアト・ハルブ広場あたりで、初めて「飼われている犬」を見ました。野良犬以外の犬は、ペットショップで売られているのを一回だけ見たのですが、飼い主と犬がセットでくつろいでいる状況を見たのは最初です。人の良さそうなおばちゃんとかわいいマルチーズで、写真を撮らせてもらいました。
 そのすぐそばで、トウモロコシを売っているボロボロの着衣の薄汚れた少年(間違いなくとても貧しい)が、野良犬と仲良く遊んでいましたが、あれは飼っているというより、同じレベルで仲良く暮らしている、という感じでしょう。ほほえましく眺めている場合じゃありませんが、みんなが毛嫌いして怖がっている野良犬と、ちゃんとコミュニケーションをとって走りまわっている少年は、輝いて見えました。
 この少年とマルチーズ、ナイルの風景だけが美しく、他はすべて忌まわしいものばかりでした。
 口笛や「シーニー」が段々我慢ならなくなってきて、ある場所でたまっていた若者が「chinese」と言った瞬間にキレて、手に持っていものを地面に投げつけてキッとにらみつけました。向こうも「なんだこの女」という感じで、シーンとにらみ合いになります。
 この時点で、多少心得のあるわたしは右手に得物を仕込んでいて、近づいてきたらせめて一人は倒そう、と覚悟を決めました。
 冷静に考えるとそんなに怒ることじゃ全然ないのですが、そうやってみんながスルーしているから、いつまでたってもこういうサルどもが減らないのです。これは日本でもエジプトでも一緒です。「スルー力」なんて、ちっとも誇れるものではありません。
 スルーするから増長するのであって、邪悪なものは看過せず、二度と腐った口が利けないよう、その場で叩きのめさないといけません。たとえ一人が敗れても、屍を乗り越えて撃ち続けなければ、どんな戦いにも勝利はありません。「スルー力」なんて腰抜けの言い訳です。
 というわけで、しばらくにらみ合いが続いていたのですが、車がやってきて若者たちが仕事を始め、何人かがその場を離れました。人数が分散したのはこちらに都合が良いので、一人一番いけすかなかった奴から視線を離さずじっと目で追っていきます。向こうも不気味そうにこっちを見ていますから、目線が合った状態が固定されたまま移動することになり、かなり異様な状況です。前を通りすぎたところから、無言のまま追跡開始です。
 男は時々ちらちらとこちらを振り返っています。もう覚悟を決めて、後ろから別の敵にやられないようにだけ気をつけて、ターゲットを一人に絞ります。でも、歩いているうちにさすがのわたしも少しずつ冷静さを取り戻してきます。男が何か携帯で話しています。数を集められると嫌なので、こっちも負けずに携帯を出して喋っているフリをします。携帯というのは、防犯グッズとしてとても有効ですね。
 携帯で話しているフリをしているうちに、「何やってるんやろ、うち」と何となく状況がアホらしくなってきたので、十分くらいつけまわしたところで、適当にまいて追跡をやめました。まぁ、本当に向こうが数を集めたりしたら、普通に殺されそうですし。別にいいけど。
 道がよくわからないまま、何となく勘で歩いているうちに、コシャリ屋をみつけて入る。小を食べるものの、あんまりおいしくなくて、胃ばかりもたれる。
 さらに歩いていると、ナイルにかかる橋があって、見覚えのある風景が。こんな短期間の滞在ですが、馴染みの地区に戻ってくると、結構ほっとします。
 スーパーに寄って飲み物を買っていると、店員が英語で話しかけてくる。アラビア語で答えても英語で通してきます。こういう「フレンドリーで英語の上手な青年」は大抵外人好きで、大概そんな悪い人ではないのですが、フレンドリーすぎてうざいです。疲れていたせいか、こちらも油断してトークに付き合ってしまい、どんどん面倒くさくなってきます。
 なんとかかわしてスーパーを出たところで、思わず日本語で「めんどくさっ!」と声に出してしまいました。
 結局三時間くらい歩いてホテル着。
 なんだか嫌なことばかりの一日でしたが、こうして書いてみたら少し気が晴れました。こんな暗黒日記を読んでくださっている奇特な方に感謝です。
 いやほんと、日本は素晴らしい国ですよ。大日本帝国万歳!

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