F先生と、話の流れで発音の話題になったので、以前書いた「pの代替文字はないのか」という話題を振ってみました。
pの代替文字はやはり存在しない、とのこと。
同じくアラビア語には存在しないv音、エジプト方言ではg音に置換された結果なくなってしまったj音には、代替文字があり、どちらの発音もエジプト人は簡単にできる、ということは前に書きました。
にもかかわらず、多くのエジプト人がpを発音できないのは「弱い音を強くするのは簡単だけれど、強い音を弱くするのは難しいから」という説明をされました。
そう言われてpとb、vとfを比べると、確かに強弱があるようにも思えますが、考えたこともない発想だったので新鮮でした。
同じくv音の存在しない日本語では、v音はb音で代替されることが多いですが、アラビア語ではf音で代替されます。videoは、日本語なら(「ヴィデオ」でなければ)「ビデオ」ですが、アラビア語ではفيديو(フィディユ)です。アラブ人にとってvはfに近いけれど、日本人にとってはbに近いのです。
これをF先生に言ってみたら、非常に面白がってくれました。
この原因の一つは、そもそも日本語のf音が、アラビア語のf音よりh音に近いからではないか、と思います。
「ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ」とは言えますが、ほとんど外来語でしか使われないでしょう。
「ふ」は「は行」の中で唯一子音がfということになっていますが、日本語の「ふ」の発音は、f音と言ってもかなりh音寄りです。
アラビア語の場合、下唇を一瞬噛むくらい前の方で発声するので、v音との親和的なのでしょう。英語の場合も口の前よりの空気感を強調して発音すると、h音との弁別が明瞭になって良いと思います。
v音は唇を使うことが特徴的な音ですが、日本語のf音はfと言ってもあまり唇を使わず、fとhの中間のような音です。そのため、v音を日本語に落とし込もうとした時に、破裂音としてのb音が先に候補として上がったのではないでしょうか。
逆に言うと、アラビア語ほど強くはないでしょうが、英語の場合でもf音は唇を使うことを意識しないと、日本人の発音はh音ぎみになってしまいます。
日本人の永遠の課題、rとlについても話題になりました。
アラビア語のrは強い巻き舌なので、英語に比べれば弁別は楽なのですが、早口で話している時、特にエジプト方言では、あまり巻き舌は強調されず、少し英語寄りになります。
前から興味を持っていた「日本語の『らりるれろ』はエジプト人には何に聞こえるのか」を試させてもらったら、「何それ!? うーん、それは本当にر(r)とل(l)の中間だね。両方を続けて言っている感じがする」と言われました。
「日本語の『ら行』がrとlの中間だから日本人には両者の弁別が難しい」というのは、よく聞く話なのですが、エジプト人で直接確認することができました。
ちなみにこの時「らりるれろ」と何度も言っていたら、「それは歌?」と聞かれました(笑)。
rとlについては、「l音はn音に近い」というのが、一つのコツだと思っています。l音というのは、ちょっと舌足らずというか、甘えた感じの音ですよ。
「舌先を口蓋の上に付ける」という説明がよくありますし、その通りなのですが、「らりるれろ」より不明瞭でn音に近い、とイメージした方がわかりやすいと思います。
rとlは、どっちも日本人にとっては「音が完成していない」感じの感覚になったら、それが正解のはずです(わたし理論)。
前に書きましたが「何はなくとも文字を分けてみる」というのは、本当に有効な方法なのでは、と思っています。
試しに「らりるれろ」はr音にあげるとして、l音は「ら」に点々を付けてみるとか、新しい記法を考えてはどうでしょう。
この記法が定着して五十年くらい経つと、日本人のrとl能力が上がっているのでは、というメソッドを提唱してみます。
最近になって、「非日本語話者には拗音が難しい」という話を知ったので、「にゃ」とか「りゃ」とかの音を真似できるか尋ねたら、超絶子音の多いアラビア語話者にとっても難しいようでした。すごく変な音に聞こえるようです。
ただ逆に、彼らの発声の中で、日本人の耳で聞くと拗音ぽく聞こえる、というものはあります。
例えばنعمة(恩恵、神の恵み)という単語を無理やりカタカナで書くと「ニウマ」になると思うのですが、聞いた感じはどちらかというと「ニャアマ」です(多分、この時の「にゃ」は、彼らにとっては逆に「音が完成していない」イメージになるはず)。
神様の恵みがニャアニャア言っている感じでかわいいです(笑)。
発音ネタついでに、今回は別に話題にしていないのですが、خ(kh)の音について。
khは英語にはありませんが、ドイツ語でおなじみです(Bachのch)。
この発声について「いびきをする時のように、口蓋の上でこすらす感じで」という説明をよく見かけるのですが、多分、こすらせる場所がそのイメージよりは少し前です。
khと表記されるくらいなので、kの仲間で、kを言おうとしてحのような喉音というオチ(h音ではなくハーッという息の無声音の方向にオチる)、みたいなノリだと丁度良いです。こする場所が、口蓋上部の結構前の方です。
と言っても、耳で聞いた印象は、日本語の「カ行」よりは「ハ行」に近いです(どっちももちろん違いますが)。わたし個人は、カタカナ表記は「ハ行」を使っています。
発音や類似した子音の聞き分けというのは、淡々と努力すれば段階的に身に付けられる、というものではなく、スポーツに近いものがあります。
文法を理解するだの、単語を覚えるなんてのは、頑張っていれば必ず上達するのですが、身体に近い領域のものは、頑張るとっかかりというのがなくて、難しいものです。
その点、子音の異様に少ない我らが日本語は、圧倒的に不利です。対して、アラビア語話者は、主たる言語を学ぶ上で障害になるのはp音くらいのものなのではないでしょうか。
この、常々抱えていた愚痴をF先生に話したら、とてもよく理解してくれ、「わたしもpを習得するのは大変だった」と言ってくれました。
こういう言語そのものに対する関心を共有できるので、彼女は楽しい話し相手です。
念のためですが、実際の会話や聞き取りで重要なのは、個別の発音がどうとかいうより、ノリにシンクロすることですし、厳密な弁別ができていなくても、語彙力と文脈から類推できれば十分だと思います。アラビア語の場合、とにかく「子音が命!」なので、英語よりは大分壁が高いですが・・(読む時は視覚的に語根を取れるので簡単ですが、聞きながら直観的に三子音を取り出しイメージ・類推する、というのも、段々できるようになってきました。アラブ人の脳みそは絶対この仕掛けが入っているはず!)。
発音ということでは、個々の子音の弁別より、リズム感がなくてやたら母音をつけてしまう発声の方が聞き苦しいです。

マルチーズ@夜のタハリール posted by (C)ほじょこ
日本語のラ行はアラブ人にどう聞こえるのか RとL、PとB、VとFとB
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