エジプトの精神医療 3

エジプトの精神医療 3

ワヒード「俺は病気じゃない・・人々に悲しんでいる」
 職場の同僚との口論から、精神病院に連れてこられたワヒード(32歳)は、イル=アッバセーヤ病院の患者の一人で、皆に熟練した大工で、「素晴らしい職人だけれど、すぐに癇癪を起こす」として知られていた。ワヒードは自分に向けられるいかなる軽蔑も許さず、「ゆったりと寛ぐ」ことからも「友情のぬくもり」からも無縁だった。
 「俺はこの病院が好きだよ。ここにあるもんは口をきかないからね」。このようにワヒードは、この公立病院の中での暮らしを表現した。ワヒードは職場で孤立していて、十年ほど前に彼が激しい発作的激昂を起こしていることに気づいた。
 ワヒードの兄弟ハーリドはこう語る。「ワヒードは熟練した大工で、素晴らしい職人だ。頭も回るし、仕事もよく出来る。みんなそう言うよ。でもどうしろって言うんだ。あいつはすごく神経質で、ちょっとしたことで傷ついてしまう。本当のことを言えば、あいつはすごく我慢しているんだ」。
 通りで同僚と口論していて発作を起こし、ワヒードは病院に入った。その時彼はチェーンを手にして相手と皆をメッタ打ちにしていた。家族が彼を紐で縛り付け病院に連れて行くまで、激昂は続いていた。
 イル=アッバセーヤ病院にしばらくワヒードを預け、その後退院した時には、精神状態は落ち着いていた。医者による退院の条件は、完全に治癒するまで、月に一回治療と検査のために通院することだった。
 「治療は彼を鋲で打ち付けられたようにしてしまった。だから通わなくなったんだ」。このようにハーリドは治療の中断を説明した。これが新たな発作につながり、今度は家族の家が破壊され、居合わせたすべての人が殴られ、また病院に戻ることになった。イル=アッバセーヤの塀の中にいる時、ワヒードはリラックスして見え、病気の性質を理解していたが、どうやって激昂発作をコントロールするのかはわからなかった。
 病院は彼にとって、今に到るまで彼がうまくやっていくことのできない社会から離れる機会となった。「俺は放っておいて欲しいし、自由でいたいんだ。ここには誰も他人に命令するヤツはいないし、他人に唾するヤツもいない。だから落ち着いていられるんだ。俺は病気じゃないし、みんなに悲しんでいるんだ」。
 ワヒードはこう付け加える。「外では母さんのことを悪く言うヤツがいるんだ」ワヒードは少し黙り、急に神経質になってこう続けた。「だけど奴らの脳みそを金槌で真っ二つにだってできるんだ。ミンチにしてやるよ」。
 ワヒードの治療効果は安心できるものではなく、時々とりたてて理由もなく激昂発作に襲われる。治療は彼にとって「心地よい」ものとなたが、彼は一家の唯一の稼ぎ手なので、家族はまだ不安でいる。

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