エジプトの精神医療 2

エジプトの精神医療 2

アフマドは「アパートとシャブカ」で病院に入った 僕は恋人の婚約に同意したんだ
 「僕は誰も怖くない。恋人の婚約に同意したって、百遍も言っているのに。彼女の婚約者のところにいって、アパートとシャブカ(※)を用意したんだから、結婚したいならしろって言ったんだ。本当に彼のところに言ってそう言ったんだ。いいじゃないか、彼はアパートとシャブカを用意したんだ、何もいけないことはないじゃないか」。
 このようにアフマドの話は始まった。彼は自分のことをキチンとわかっていて、話の前に自分を病気だと言った。29歳になるアフマドがイル=アッバセーヤ病院にたどり着いたのは、「アパートとシャブカ」で恋人を失ってからだ。
 アフマドは、病院と人生についての「とても個人的な」話を語る。「とても息苦しいよ、病院側がみんなで僕を監視してるんだ。偉大なるアッラーにかけて、あいつらみんなが僕を監視してる。友達が気に入っている医者たちと看護婦たちが彼らを殺して、冷蔵庫に死体を入れているんだ」。アフマドは少し黙り、振り返った。「それからイーサーと婦長らが夜中に病棟に来て煙草をくれるんだ。でもお金を取られる。あいつらが僕らの食べ物を取っているんだ」。
 アフマドの「患者虐待」の物語を、イル=アッバセーヤ病院のある匿名の医師はこう分析する。「患者の中には、電気ショック療法中の他の患者を見て、彼らが拷問を受けていると思ってしまう者がいる。電気ショック療法は精神科医が用いる効果的な方法で、非常に良い結果を出している。ただし、患者が他の患者がこの電気治療を受けているのを見た場合は別だ。これは最も重要な治療法の一つで、大抵の場合はすぐに効果の出るものなのだが」。
 アフマドは何年も前から病院で暮らしており、いつからなのか彼にもわからない。イル=アッバセーヤの塀の外との関係は、ほとんど存在しない。「兄弟の誰も尋ねて来ない。お母さんだけが来て抱きしめてくれ、泣いてくれる。みんなはお母さんを笑って、お金を取っている。僕を病院にいさせるために」。(彼の家族だけでなく)アフマドもまた、イル=シャラビーヤ地区の家族の家に帰ることを望んでいない。「帰ると部屋に閉じ込められるんだ。兄弟やお父さんが鉄の棒でぶつんだ。弟のシャリーフも一緒になって殴る。僕が家から出ないように」。
 アフマドが望むすべては、次のようなことだ。「テレビを持ってきて欲しい。なぜって、僕が人民議会議員の息子なら、政府はとっくにアパートとシャブカと立派な職を用意してくれているはずだから。テレビ以外のものは欲しくない」。
 アフマドは病院で、すべてを恐れながら暮らしている。彼が「目撃者を殺している」と思っている医師たち、罰を加える看護婦たち、そして病院当局は「いつでもどこでも僕を監視している。どこに行くにも彼らの目がある」。一方、塀の外と比べれば、病院は天国のようだ。この患者の言うように、彼をいじめ「キチガイ」と言う家族がいる。社会が彼の個人的境遇を哀れむこともないし、愛の物語が時に精神病院にたどり着くことを理解することもない。

※アパートとシャブカ:シャブカとは、婚約時に花婿側から贈られる宝飾品のこと。エジプトでは結婚の際の花婿側の負担が膨大で、このシャブカの他、婚姻契約で支払うマフル、さらに新居を用意しなければならないこと(昨今の家賃高騰の煽りで賃貸ではなく持ち家が要求されることもしばしば)、などがあります。ここでの「アパートとシャブカ」は、そうした結婚費用を賄うことができず破談となった(他の男性が婚資を用意しこの女性に求婚したらしい)、ということを示しています。
 こうした結婚事情については、エジプトにおける外国人との結婚 2などでも触れています。

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