留学先選びと学校選び

 今後何回かで、わたしの乏しい経験の中から、参考になりそうな情報をまとめておきます。
 まず、大前提のエジプトという留学先。
 アラビア語学習者ならご存知だと思いますが、アラビア語ではフスハーとアーンミーヤの乖離というのが、一つの学習上の難所になります。
 エジプトのアーンミーヤ(エジプト方言)は、フスハーからかなり離れたものなので、とにかくフスハーを極めたい!という方には、不適かもしれません。
 マグリブよりはマシでしょが、シリア方言はエジプト方言よりはフスハーに近いと聞きますし、おそらく湾岸やイェメンなども、比較的フスハーに近いのではないかと思います。
 ですが、それでも完全にフスハーのままで日常生活のすべてを行っている地域があるわけではなく、いずれにせよアーンミーヤの海と戦う、という現実からは逃げられないはずです。
 また、わたし個人が強く感じることは、アーンミーヤがいかにフスハーから遠くなっていても、やはり「一つの言語」で、フスハーとアーンミーヤは合わせて一つなんじゃないか、ということです。
 イスラーム草創期の時代でさえ、現存している書き言葉としてのフスハーがそのまま全生活で使われていたとは考えにくいです。「正しいフスハー」が整備されていったのは、遥かに後の時代の話で、「千年以上変わらない言語」などというのは、ファンタジーにすぎません(このファンタジーはとても大切なのでバカにしてはいけませんが)。
 わたし自身、最初はエジプト方言が嫌いでした。わたしの中での「アラビア語の美しさ」からかけ離れ、何でもかんでもカスラだし、乱暴な印象があるし、「なんでみんな素晴らしいフスハーを使わないんだ!」と見当違いなことでイライラしたりもしました。
 でも、慣れてくるとエジプト方言も愛しくなり、TPOに合わせてコードを操っていくエジプト人の言語感覚が、段々理解できるようになってきました。フスハーというのは、フスハーの文法・語彙体系だけで成り立つものではなく、「フスハーで語るとはどういうことなのか」という、社会におけるフスハーの位置付けまで含めて、言語なのです。そして当該社会ではアーンミーヤが使われている以上、やはり二つは一つ、コードシフトとそのタイミングまで含めて、一つの言語なのだと考えた方が、より包括的にアラビア語およびアラブ社会を理解することができるのでは、と考えています。そう思ってから、エジプト方言がグッと好きになりました。第一、実際にエジプトで暮らしていれば、エジプト方言の速射砲のようなキレが心地よくなるものです(笑)。
 ですから、多少フスハーからの距離が離れていても、エジプトが悪いとは言いたくないのですが、まぁ正直なところ、フスハーの「会話力」はあんまり上がっていない気がします(笑)。読む力は格段に上達したし、アーンミーヤに至っては、最初全くのゼロだったものが、ほぼ全生活をアーンミーヤでこなし、路上で日々喧嘩できるまでになりました(笑)。
 エジプトを選ぶことの問題は、言語そのものというより、カイロという町がとにかく騒々しく空気が悪く、落ち着いて勉強できる雰囲気ではない、というところにあるように思います。自分なりの生活サイクルを築かないと、おせっかいなエジプト人に振り回されてばかりで、時間を浪費します。この浪費自体から学ぶことも多いので、一概に無駄とは言えませんが、いつまでもそれが続くのは好ましいと言えないでしょう。
 エジプト国内なら、アレキサンドリアあたりが、日本人には暮らしやすいと思います。ルクソールもとても環境の良いところですが、勉強に適しているかはわかりませんし、夏は地獄でしょう。
 聞いた話では、シリアの風土は全然違って、もっと素朴で、人々もエジプト人のようにやかましくはないようです。シリアにはシリアの問題があることでしょうが、フスハー以外やりたくない!少しでもフスハーに近い環境で暮らしたい!というようなら、選択肢に入れておくのも賢いでしょう。
 次に、学校選びについて。
 わたしは、エジプトに渡る前からお世話になっていたAという家庭教師派遣型の学校を最初利用していたのですが、途中でFという別の学校に乗り換えました(Fは現在はAから始まる名称になっていますが、紛らわしいのでFにしておきます)。前者はオンラインレッスンが中心で、家庭教師派遣のみで物理的な学校はありません。後者も個人レッスン中心ですが、物理的な場所があります。
 A語学学校が割高なのはわかっていたのですが、今までの関係、他の学校でいくつか悪い噂を聞いていたので、最初は疑問なくそこで学んでいました。
 辞めようと思った理由はいくつかありますが、最大のものは、途中から授業キャンセル等が頻発するようになったことです。
 当初教わっていた先生が学校を辞めてしまったり、その理由がわたしの関わるお金関係だったり、というのにも疲れましたし、経営者でもある先生のやたら人を支配しリードしようとする性質にも嫌気がさしました。生徒層を眺めていても、駐在員や大使館関係者など、割とお金を持っている日本人をターゲットにしているように見えます(日本との関係は深い)。
 経営者でもある先生は教師として優秀な人物だと思いますが、どうにも営業主体で、授業スタイルもいちいち手綱を握っていないと気がすみません。おまけに、自分が直接教えるとなると、平気で遅刻やキャンセルを繰り返します。
 支配的な授業スタイルというのは、リードしてもらいたいタイプの方にはむしろ向いていると思いますが、わたしは自分のプログラムにそって教師を逆調教する方が性分に合っているため、相性の悪さもありました(偉そうなことを言えば、管理されないと勉強できないような人は、どちらにせよ伸びくい気がします)。
 また、家庭教師派遣というやり方自体の問題もあります。
 落ち着いて勉強できる場所が確保できているなら良いですが、それがない場合、物理的な場所を求めて苦労することになる可能性があります。わたしは、「毎日決まった場所まで通って、同じ場所で勉強する」というサイクルが欲しかったので、これもF語学学校の方が好ましかったです。
 F語学学校は、教師によりバラつきはあるものの、決して指導力に劣ることはなく、先生方もみな礼儀正しいです。遅刻は一度もなく、病気でキャンセルというのが数回あっただけでした。価格的には、期待していたほど安くはならなかったのですが、もっと早くこちらに移るべきだった、と後悔したほどです。
 強いて言えば、フスハーの授業でも、こちらがアーンミーヤで喋ると、そのままアーンミーヤに流れます。わたしはそれで構わない、というか、「フスハーをアーンミーヤで説明する」というのはエジプト人が普通に行っていることなので、テクストを読み上げる場合以外はすべてアーンミーヤで喋っていましたが、徹底してフスハーを鍛えたい方は、「フスハー以外喋らないでくれ」と最初に言った方が良いです。もちろん、先生方はフスハーには不自由ないし、英語も非常に上手です。
 確証はありませんが、オンラインレッスンやウェブ上でのビジネスの大きいところは、どうも怪しい匂いがします。何の因果関係もなく、緩い相関関係が見出させるだけですが、個人的にはウェブに力を入れすぎているものは、何でも信用しません。わたしの求めているものは、もっと泥臭くてウェットなものなので。

B002QDNVGO 留学ジャーナル別冊2010-2011『学生&社会人のための海外の大学・大学院完全ガイド』
留学ジャーナル 2009-10-01

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