雄鶏には天使が見え、ロバには悪魔が見える

 F女史から動物に関して面白い話を聞く。
 「朝、雄鶏が鳴くのは天使が見えるから」「ロバがいななくのは悪魔を見ているから」という二つ。どちらもイスラームに由来するお話です。
 一番鳥に天使が見える、というのは、ファジュルのアザーンとクロスオーバーするし、割と素直にわかります。
 ロバのいななきというのは、わたしもカイロに来て初めて聞いたのですが、「イーヒイーヒ」みたいなヘンテコな声で、夜中に時々耳にします。アラブ的にはあれは「醜い声」らしく、悪魔を連想するようです。ロバ、いつも踏んだり蹴ったりです。
 ちなみに、この話をしている時、F女史が素晴らしい動物の鳴きまねをしてくれました。彼女は今までにも何度か動物声帯模写をしてくれて、「エジプト人は音声センスが凄すぎる!」と思っていたのですが、これは別にエジプト人の性質ではなく、彼女個人の特技なのだとわかってきました(笑)。本当にめちゃくちゃ上手です。
 某日本関係施設で自習していたら、前にお話した日本語を学ぶNさんとSさんと再会。特にNさんは家もご近所で、物静かでお気に入りです。どうでもいいですが、背がわたしと同じくらいなのも楽チンです。
 Sさんはかなりアグレッシブなエジプト女子で、施設に勤める男性と激しく政治談議を交わしたりしていました。わたしが勉強している横から、ちょこちょこ日本語について質問してきて、ちょっとおかしいです。
 彼女たちには、「これ日本語でどう言うの?」という質問をよくされるのですが、アラビア語では非常に日常的な表現でも、日本語ではズバリ言えないものがよくあって、いちいち唸らされます。
ما فيس فائدة
 は「無駄」「仕方がない」と教わったらしいですが、彼女は「日本語をたくさん勉強しても、次の日には忘れてしまい、マーフィーシュファーイダ」と言いたいようで、そこで「無駄です」とか「仕方ないです」と言っては、あまりにも絶望的な台詞になってしまいます。確かに「無駄」に相当する表現なのですが、日本語ではそこで「無駄」とは言いません。「なかなか上達しません」とか、全然別の表現が来るのが自然な発言です。
 また「仕方がない」というのは、「他に方法がない」ということで、良い意味でも悪い意味でも使います。良い意味というのは、「結果は残念だったけれど、一生懸命やってくれたんだから、仕方ないよね」みたいな文脈の話で、これを伝えるのは非常に難しかったです。غير حاجة تانيةとかما فيس سبيلとか言うのでしょうか。フスハーならلا محالةとかもアリかと思います。それ以前に、これまたアラビア語ならまったく別の表現が来る方が自然な慰めになるはずです。
 帰りも家のすぐそばまで三人一緒で、子供の頃に戻ったみたいでした。
 Sさんがذبحという語の訳にこだわっていました。
 「動物を屠殺する」という意味なのですが、「日本語では人間と同じ『殺す』か『屠殺する』だ」と言っても、「日本では電気で羊を殺すんでしょう? そうじゃないの、喉をナイフでかき切るの、それが重要なの!」と引きません。特に犠牲の動物を殺すというのは、宗教的な行為であって、単に機械的に家畜を殺して食べるのとは違うのだ、と言いたいのでしょうが、日本語では「それ用の単語」というのはありません。
 こういう「自分や自分の文化にとってすごく大切なもの、重要な違い」を伝えたいのに、外国語にしてしまうとやたら冗長になるばかりでサッパリうまく言えない、という気持ちは、よく理解できます。
 でもね、それは諦めるしかない(笑)。とりあえず大雑把なことを言って、後から時間をかけてジワジワ説明するしかないですよ。
 彼女たちと話していて、居合わせたインドネシア人の女の子Oさんと友達になりました。
 ヒジャーブをしていますが、顔つきが東アジア系だし、日本関係の施設だったので、最初は「エジプト人と結婚した日本人かな?」と思ったのですが、それにしては発音がうますぎるし、訛りが日本的ではありません。
 カイロに一家で数年住んでいて、アズハール大学の学生とのこと。アーンミーヤは、わたしから見たら完璧です。言葉遣いも丁寧で、とても好印象でした。
 インドネシアは世界最大のムスリム人口を抱える国で、ムスリムなら子供の頃から意味は分からなくてもクルアーンを勉強しますから、彼らの発音は素晴らしいです。
 英語は今ひとつたどたどしく、最近日本語の勉強を始めたとのこと。フスハーについては「カイロに来る前から勉強しているけれど、本当に難しくて大変」と言っていました。まったく同感です(笑)。
 アラビア語を学ぶアジア人同士ということで、日ごろの思いを色々共有できました。「アラビア語は世界一難しい!」とか「ぶっちゃけ、エジプト料理は不味い」とか(笑)。ちなみにわたしはインドネシアやタイ、マレーシアの料理は大好きで、「食べ物はインドネシアが断然良い」という彼女を断固支持したいです。
 顔つきはエジプト人よりは日本人に近いですが、ノリ的にはエジプト人に近い気がします。彼女個人の性格かもしれませんが、ちっちゃいのに元気一杯で、ちょっと動きが雑だけれど、じっと相手の目を見て熱く語るところが、エジプト女子と少し似ています。でもエジプト人より愛嬌があるかな(笑)。
 日本や韓国のこともエジプト人と違い良く知っていて、俄然インドネシアに親近感が沸いてきました。
 インドネシアで思い出しましたが、以前工場で働いていた友人が、インドネシア人の労働者と知り合いになり、彼らの一人が「英語はわからないけれど、アラビア語はわかる」と言っていたそうです。
 また、以前にネット上で、インドネシア人とアラビア語でやり取りしたことがあります。多分彼女は英語もわかるのですが、アラビア語を共通言語として使う、というのは、とても楽しい経験です。
 そう言えば、今日は同じ学校に通うイギリス人の女性とも、ずっとアラビア語で話していました。英語という最強言語が母語でありながら、気合でアラビア語で通す姿はカッコイイです。彼女はペルシャ語を学んだ経験もあるとのこと。素晴らしい。
 どんな言語でもそうですが、外国人同士が第三言語として使って話すのは、ネイティヴの話を耳ダンボで盗み聞きするより遥かに簡単です。ネイティヴでも、「外人向け」に喋ってくれている時はまだ楽なのですが、エジプト人同士の会話を盗み聞きするのは非常に大変です。
 全然関係ありませんが、最近現代アラビア語小辞典を借りて使っていることが時々あり、これが結構使えます。
 アラビア語日本語辞書なら、まずパスポート初級アラビア語辞典という例文も豊富で素晴らしい辞書がありますが、あくまで初級用で、これだけでは新聞も読めません(解説は本当に素晴らしく、単語集としてはずっと使えるし、わたしも寝る前に毎日読んでいます)。
 また、Pdicで使う辞書データが公開されていて、大変お世話になっていますが、マシンが手元にないと当然使えません。
 Hans Wehrは語彙数的に申し分なく、全アラビア語学習者が使っていると思いますが、単に訳語が羅列してあるだけで、また日本人にとっては英語も所詮外国語です。わからないアラビア語の単語を調べたら、わからない英単語が出てきて、わからない単語を二つノートに書く、というシュールなオチになることもあります(笑)。
 現代アラビア語小辞典は、語彙数ではHans Wehrに到底及びませんが、実用に供する収録数で、かつ日本語です。以前に書店で見た時は「表紙が固くて使いにくそう」とかいうどうでもいい理由でパスしてしまったのですが、異国の地で有り難味を噛み締めています。
 とりあえず現代アラビア語小辞典で調べて、見つからなかったらHans Wehr、みたいなパターンが最近多いです。
夜の肉屋さん
夜の肉屋さん posted by (C)ほじょこ

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