アパートにお引越し

 遂にアパートにお引越しの日です。
 一ヶ月半以上もお世話になったホテルの人たちにお礼をし、タクシーで移動。すぐ近所なのですが、この短い滞在の間に随分荷物が増えていて大変でした。うまく物を捨てていかないと、帰国の時に苦しみそうです。
 2LDKなどという、日本では夢のまた夢のような広いおうちですが、広すぎてどこにいて良いやらわかりません。最初は夫婦のベッドルームを使おうかと思ったのですが、子供部屋が一番落ち着くことに気づきました。
 すべてが小さくまとまっていて、勉強机も大きな鏡もあり、女の子が育った部屋なので部屋中に可愛いシールなどが貼ってあって、心が落ち着きます(夫婦の部屋はラブホテルみたいで落ち着かない)。シーツの柄もキティちゃんだし、壁にはバーニーが飾ってあります。愛されて育った子なんだなぁ、というのが感じられて幸せになります。
 エジプトでのわたしは子供のようなものなのだから、この小さな部屋を拠点にやり直そう、という気持ちになります。しかも、子供部屋だけ天井に扇風機(ヨーロッパや洒落たカフェなどにある天井据付型の扇風機)があります。ただ、この扇風機がかなりグラグラしていて、パワーを上げると吹っ飛んで直撃されそうで怖くて仕方ないのですが・・。
 というわけで、子供募集は取りやめ、お母さんを募集します(男子禁制なので)。
 ちなみに、このお部屋の前には、今日を含めて訪れた三回のいずれも、同じ定位置に茶色い虎縞の猫がいて、あいつを家族だと思うことにします。ミシュミシュ!って呼んでいます(エジプトにおける「タマ」みたいな名前)。
 昨日ほとんど寝ていなかったので、昼過ぎに少しウトウトしていると、大家さんとそのお母さん(おばあちゃん)がやって来ました。バルコニーの柵が低いから気をつけること、網戸を使えば虫が入ってこないこと、ガスのつけ方などを教えてもらう。
 わたしの携帯番号を教えて、マーマ(大家さん母のおばあちゃん)の番号も教えてもらう。「困ったことがあったら何でも言って」と言われましたが、足元も怪しいおばあちゃんに、ものを頼んだりできません。むしろこちらが何か助けたいです。
 それからちょっと外出して、付近を偵察してからスーパーで買い物していたら、すっかり夢中になってしまい、おまけにレジが大混雑で、授業の時間になってしまう。このスーパーの前で待ち合わせしていたので、そのまま一緒に一度部屋に戻りることに。
 ところが、ドアの開け方がわかりません。鍵は開いているのですが、押しても引いてもビクともしません。先生に助けを求めたところ、鍵を回して「カチ」となったところで扉を一回引いてから押す、というのが開け方だとわかりました。
 シムサールの事務所で授業前半戦。環境が変わったせいか、いつになく快調。
 イフタール。「やっと自炊ができる!」と思ったものの、台所の勝手もわからないため、とりあえずサラダにできそうな野菜と全粒粉パンとタヒーナ(ゴマペースト)を用意。近所のお菓子屋さん(先日お菓子を買ったお洒落なケーキ屋さん風のタイプではなく、パン職人みたいなのが路上で真っ黒になってペッタンペッタン色んな伝統お菓子を作っている)で「アッタイイフ」なるモノを買う。
 野菜を切ろうと思ったら、包丁がありません。お皿も鍋もそろっているのに、包丁がないのでは始まりません。仕方なくトマトときゅうりを洗って丸齧りしました。自炊というか、何も調理していません(笑)。
 結局イフタールは生野菜とパンとタヒーナと、「アッタイイフ」を少しだけ。ホットケーキみたいな見た目で、もちもちした触感でした。
 後で先生に確認したところ、これは?????(アターイフ、フスハーならカターイフ)というもので、本来オリーブオイルで調理して蜂蜜などをつけて食べるものだそうです。お菓子屋さんのおっちゃんも「調理の仕方を知ってるのか? これはな・・」と説明してくれていたので、そのまま食べるものではないことはわかっていたのですが、早口のアーンミーヤの解説が部分的にしか理解できず「マーシーマーシー(OK)」で誤魔化して、そのまま食べてしまいました。油やら蜂蜜やらつけてデブるより、この味気ないものをモシモシ食べる方が好きです。味気ないもの、ラブ。
アターイフ(カターイフ)
 ホテルから移り住んだことで、周辺住民からネタにされまくるだろうと臨戦態勢で望んでいたのですが、意外にも前の時ほどシーニー兄ちゃんにも冷やかしにも出会いません。シムサールや先生と何度か付近を歩いているので、超噂社会のパワーで、既にわたしのことが広まっているのかもしれません(追記:引越し翌日には、知らない子供がわたしの名前を知っていた)。
 またホテルなどない場所で、外国人が来る場所でもないので、付近で活動している限りは住人としか考えられないし、彼らもご近所さんには下手な真似はできないのかもしれません。
 この異様に密な人間関係の中で一人暮らししたら、さぞかし煩わしいに違いない、と思っていたのですが、逆に大家さん一家やご近所さんがバリアになってくれるので、下手な手出しはされない感触です。男子禁制も安心感があります。「これが地域社会の力か!」と恐れ入りましたが、逆に言えばわたしも粗相をしないよう気をつけなければなりません。これからは近所ではキレないようにします(笑)。昔の日本もこんな感じだったと思うのですが、息苦しい反面、確かに安全で便利なところはあります。
 言語訓練という意味でも、ホームステイほどではないにせよ、かなり人間関係が密なので、良い練習になります。エジプトでのリアル・ホームステイは、半端なくハードなことが容易に想像できるので、わたしには到底やり通す自信がありませんが・・。
 高校を出て以来ずっと一人で暮らしてきて、一人で何でもできると思っていたし、一人で行動するのが今でも一番好きです。でも他人が必要ないかと言えばそんなことはないし、気持ちの問題以前に、見えないところで無数の人たちのお世話にならなければ、生きていけていないに決まっています。
 東京では、そういうつながりが余りにも綺麗に隠蔽され不可視化されています。つながりが露骨に見えるのは煩わしいことなので、ちょうどドブに蓋をするように社会が整備されていった結果なのでしょうし、基本的には望ましいことだと思います。ただ、わたしのような「人間嫌いの寂しがり」なひねくれ人間がそういう環境でずっと暮らしていると、ますますこじれて病的になっていく罠があります。
 この街が天国だとはまったく思わないし、どこをどう考えても東京の方が便利なのですが、わたし個人については、毎日怒ったり笑ったりして、良い「治療」になっている気もします。
 また「外国人」として暮らすということは、どうしたって現地の人の助けに頼ることです。本当はどこで誰が住んでいても、他人の助けを得て生きているのですが、今は生活の中でその有難さがハッキリ目に見えて、これもまた脳みそをリセットする助けになっているように思います。
 授業後半戦も快調。前半の時はいなかったシムサール氏がずっといて、彼の家族らしい人々が常に出入りしていて、落ち着かない雰囲気ですが、時々わたしたちの授業に首を突っ込んだりして、面白い雰囲気です。
 彼はムスリムですが、名前がエジプト人らしくなく、家族の顔つきや女性の服装がインドっぽかったので、南アジア系の出自なのかもしれません。
 授業後帰宅すると、大家さんが尋ねてきてくれて、包丁その他必要なものを置いていってくれる。「チャッカマン」を持って来てくれたのが超助かりました。これは絶対必要だなぁ、と思って、近所のスーパーで探したけど見つからず「エジプトにはないのかなぁ」とションボリしていたのです(正確には、日本のチャッカマンと異なり火花だけが散ってガスを必要としないタイプ)。ネットは明日の夕方に開通する、とのこと。
 彼女は知的な雰囲気の美人さんで、話が通じる一方、何だか緊張もします。一般的なことでしょうが、目上の女性と話す時が一番気が張ります。
 ゆっくり易しい言葉で話してくれるので、完璧に理解できるのですが、「わかってますよ」というのを会話の中でなかなか上手に表現できません。先生とは付き合いが長いので、どの辺までわかっているかツーカーなのですが、逆に頼ってしまう危険もあるので、こういう他人と話す練習をしないといけません。
 夜に窓を全開にすると、とても気持ちの良い風が入ってきて、天国のようです。
 下界を歩いている時は騒音に苦しめられても、こうして部屋の中にいると夢心地です。辛いことも多いけれど、日に日にこの街が好きになって、ずっと住みたくなってきます。
 この素敵なおうちで、ダーリンと結婚して暮らすことができたら、何も欲しいものなどない、とか妄想してしまいます。
 わたしがエジプトに来たのは、たまたまわたしの先生がエジプト人だったからで、最初はアラビア語さえ勉強できればどこでも良い、と思っていました。湾岸の豊かな国なら、宗教的・気候的制約は激しくても、エジプト的な苦労はなかったかもしれません。でも今は、エジプトに来て本当に良かったと思っているし、最初は嫌いだったエジプト方言も、段々愛しくなってきました。
 子供部屋が、先日会った大家さんの娘さんの部屋だったと聞いて、夜景を見ながらタバコを吹かしつつ、あの部屋ではタバコを吸わないようにしよう、と思いました。というか禁煙しろ、わたし。
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パン屋とお兄さん posted by (C)ほじょこ

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