エジプトの「安い死」

 朝食後、先日知り合ったSさんとの待ち合わせでタラアト・ハルブへ。
 待ち合わせで五分くらい広場に立っていただけで、乗馬ツアーの客引きのような男が寄ってきて、馬に興味がなさそうだとわかるとお茶に誘い、お茶もダメだとわかると「マッサージしようか?」と言ってきます。それが一番いらん!
 Sさん到着し、近くのマクハーでシーシャを吸いながらお茶。最初に会った時より会話が続かなくて微妙に焦ります。でも、Sさんはよくいるエジプトのナンパ男のように、歯の浮くような台詞をまくし立てることがなく、静寂の美しさを知っているようにも見えます。
 定番の恋愛話になり、Sさんが将来の夢などを語る。
 「二年も付き合っているのに何故結婚しないんだ?」と、不思議がられます。エジプトでは婚前交渉などもっての他、二人きりでのデートすら難しく、早くに結婚して子供をもうけるのが当たり前だからです。
 色々説明してもうまく伝わらず、またわたし自身も今の日本の恋愛状況(婚前交渉が当たり前のように行われる一方、結婚が控えられる)が必ずしも良いとは思っていないので、逆に「どうしたら彼は結婚したくなると思う?」と相談してしまう。「君の気持ちを真剣に伝えないとダメだ」と澄んだ目で諭されます。というわけで、ダーリン、これを読んでいたら結婚しましょう(笑)。
 「日本人はなぜエジプトに悪いイメージを持っているんだ?」と尋ねられる。
 「別に悪いイメージは持っていないと思うけど」
 「でも、ちょっと話しかえるだけで、とても怖がられることがある」
 「それは一つには、悪い商売人が多いので気をつけているんだよ。また、日本人は良いエジプト人と悪いエジプト人を簡単には見分けられないし、一般に社交上手じゃない。英語もうまく喋れない人も多い。それに、日本では道を歩いていて初対面の人が話しかけてくることはまずないし、そういうのに慣れていないんだと思う」と説明します。
 これは割と納得してもらえて、実際、詐欺まがい、というか詐欺そのものの商売人については、大抵のエジプト人も嘆かわしいことだと思っています。
 「それから、そもそもほとんどの日本人はエジプトやアラブの文化について、知識がない。特にイスラームについては、非常に断片的で偏ったことしか知らない。欧米のバイアスのかかった情報ばかりが溢れている」。
 そう言うと、Sさんは少し寂しそうな目をして、頷いていました。
 エジプト人自身が嘆かわしいとよく口にし、この時も話題に上がったのが、悪名高いカイロの交通事情です。
 最初の頃は「これはひどい!」と憤りすら感じたのですが、当の住人たちも苦しんでいるのですから、八つ当たりするのはやめましょう。
 エジプトでは人を轢き殺してしまっても、スズメの涙のような賠償金を払えば済んでしまい、「安い死」と言われているそうです。この辺の法制度を整えるだけで、すごく状況が改善すると思うのですが、この多様性を絵に描いて額に入れた国では、なかなか意見の一致に至れないのかもしれません。
 ちなみに今日も一回交通事故の瞬間に居合わせました。
 宿に戻る途中でターンメイヤのサンドイッチを買い、宿で食べながら宿題を片付ける。
 ちょっと面倒なことがあったけれど、悪いことなので割愛。
 長丁場の授業開始。直前にイヤなことがあった上、先生が連絡なく三十分も遅れてきて、機嫌が悪かったけれど、しばらく話しているうちに調子が出てくる。我ながら赤ちゃんなみのワガママです。
 週に一回のテストの後、平行して使っている二つの教科書をそれぞれ進める。一つの教科書で今読んでいる文章が難しく、七転八倒する。
 先生はいつも愚痴を聞かされて気の毒です。ごめんなさい。
 生活全般でこちらの意思をうまく伝えられなかったり、習慣の違いからイライラすることが多いので、ついそういう話を先生にぶつけてしまいます。
 最後の方はいつものようにヘロヘロになるものの、何とか終了。
 最近、宿にアフリカンの団体さんがよく来ていて、エレベーターの中などで二言三言会話することが多いです。昨日はガンビアから来た、という方とお話しました。「ガンビアだよ、ザンビアじゃないよ」と言っていましたが、正直、どっちも位置がおぼつかないです。地図で確かめます。
 今日ちょっとだけ話したアフリカン(国は聞いていない)は、「カイロは良い場所じゃないね」とボヤいていました。日本人以外の外国人がカイロについて不満を言っているのは、初めて聞いた気がします。何がお気に召さなかったのか気になります。
 晩御飯はまたコシャリ。今日も食費100円未満を達成できました。
 何度か悪口を書いてきたエジプトの食べ物ですが、大分適応してきました。甘すぎるものや肉は相変わらず好きにはなれませんが、ある程度受け付けるようになりました。調子に乗ってデブらないよう気をつけます。
 たまたま今日、先生とも話題にしたのですが、食べ物の値段にしても、エジプトは極端です。一日100円未満でも食べられる一方、高いものはちゃんと高いです。「エジプトは物価が安い」というのは事実ですが、立派なレストランで食事でもすれば、日本並まではいかないにしても、相当の額にはなります。
 単純に安いというのではなく、差が極端なのです。高級な食べ物といっても、別に特別変わったものが出てくるわけではなく(行ったことないですが・・)、それこそ缶ジュース一つでも場所や状況によってあり得ないくらい値段が違います。そういう違いは日本でもありますが、とにかく何から何まで極端に振れているのがエジプトなのだと思います。
 貧富の差が大きいことはよろしくないことですが、上から下までそれなりの暮らしがある、という意味では懐が大きいとも言えます。
 それにしても、朝から晩まで本当に喋ってばかりいます。人生でこんなに沢山喋りながら生活したことはありません。日本では「おはようございます」「お疲れ様です」「お先に失礼します」しか台詞がない日も珍しくなかったのに、ものすごい違いです。
 疲れることも多いですが、話し相手に困らないのは結構なことです。この国でホームステイするほどの根性はないですが・・。

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