アラブ人はいつ寝ているのか、眠りを巡る倫理観

 エジプト人(多分アラブ人全般)は非常に宵っぱりで、深夜二時くらいでも街は全然眠る気配を見せませんし、子供でも普通に歩いています。新宿渋谷のように「夜遊びしている人」が活動しているのではなく、市民全体が普通に深夜まで動いているのです。
 終夜営業というと、先進国の専売特許のような思い込みがありますが、カイロ市内の大きなスーパーはほとんど24時間営業ですし、個人商店のような街角の売店や小さなお店も、少なくとも12時まではやっているし、もっと遅くまで営業しているのも普通です。
 一方で、信心深い人なら夜明け前に一度起きて礼拝もしますし、その後「二度寝」しても、朝には起きています。アラブ人は一体いつ寝ているのでしょうか。
 未明や昼間にウトウトしている警備員さんなどをよく見かけるので、彼らも眠くならないわけではないと思いますが、まず第一に、絶対的な睡眠量が実際に少ないように思います。「身体の作りが違う」という感じです。寝ないわけはないにせよ、必要な睡眠量が、平均で見て日本人より絶対短いです。
 マタァムの店員さんと話すと、昼間はそこで働いて、夜は別の場所で働いている、という人がいます。前にシリアの映画を見た時、その主人公が三つも仕事を掛け持ちしていて「こんなの絶対あり得ないやろ!」と思ったのですが、実際にそれくらいダブルワーク・トリプルワークしている人は珍しくありません。男が一人で稼ぐ風習が根強いこと、給料が安いこともあるでしょうが、「寝ないでも大丈夫」な傾向も強い気がします。その分、仕事はチンタラやっていますが・・。
 とはいえ、同じ人間でそんなに体質が違うわけもないし、「食べてるものが違う」で済ますわけにもいきません。
 あまり自信がないのですが、何となく感じるのは、眠りに対する倫理意識が日本とは違うのではないか、ということです。
 日本人だって、ゴロゴロ寝てばかりいる人を見たら「怠け者だ」と思うでしょうが、何度か眠りについて話題にした時の彼らの反応から類推すると、どうもエジプト人(アラブ人全般?)は、眠りというものを、「必要ではあるけれど、極力避けるべきもの」のように感じている節があります。
 日本人には「休日にゴロ寝するのが趣味」という人もいますし、そういう人を「つまんない人」と思っても、「とんでもないヤツだ」と感じることはまずないでしょう。もちろん、エジプト人だって睡眠の重要性は認識しているし、「ちゃんと寝てる?」と心配されたこともありますが、「寝ているヤツは怠け者」意識が、日本人より強いのでは、と感じます。正確には、単に怠けているというより、うっすらと「眠りは悪」のように認識しているのではないでしょうか。
 ダブルワークしている人の一人であるマタァムの店員さんと、夜中に路上で出会った時、「そんなに働いていて、いつ寝ているの?」と聞いたのですが、彼は微妙に憤然とした様子で「俺はちょっとしか寝ない男だ」みたいな言い方をしました。怒ったわけではないですが、「なんで眠りのことなんか聞くんだ」とでも言いたげな様子が感じられました。
 ファジュルのアザーンに「礼拝は眠りに勝る」という節がある一方、日本(というより、仏教の影響が強い地域?)では、「永世よりも己の消滅」を美化し求める傾向があるのでしょうか。イスラームは概して現世肯定的で、隠遁的生き方に対して否定的ですが、この辺は、仏教文化圏の思想と好対照を成しているように見えます。
 ブルース・リーは「神を信じるか」という質問に対し、「わたしが信じるのは、眠りだ」と答えています。
 わたしはこのフレーズがとても好きで、自我の消滅こそ平安である、とぼんやりと感じているのですが、こういう感じ方は、アラブでは通用しないようです。

タイトルとURLをコピーしました