マタァムで踊り、ご馳走になる

 相変わらず元気がなく、呪うような気持ちで起きる。
 昨日の晩、授業の後で散歩した時に例によってシーニーシーニーうるさかったこと、立ち寄ったスーパーで前にしつこく話しかけてきた店員がまた絡んできて「ほっといてくれ」というのも聞かないので遂にキレて冷蔵庫のドアをバン!と閉めてしまったこと(途端に何事もなかったかのように立ち去ってくれましたが)、そんなこんなで「もう日本に帰りたい」と思っていました。
 どんよりした顔でマタァムで勉強していたら、店員さんが気をつかってジュース(タンク=濃縮オレンジジュース)を出してくれます。
 砂糖どっちゃりで、正直嫌いなのだけれど、嬉しかった。
 サンドイッチを頼んだら、代わりにまかないの一部をわけてくれて「この支払いはいらない。食べろ」といってくれる。
 その後、テレビの音楽に合わせて踊ってみせたら、すごい喜んでくれて、一緒に店員とわたししかいないマタァムで踊りまくりました。大してダンスが上手なわけではないけれど、すごく楽しかった。
 店員さんはコテコテのアーンミーヤしか喋らないので、ほとんど何を言っているのかわからない(学生の若いバイトの子の方が話が通じる)。テレビのコメディを見て笑っているけれど、笑いのツボもわからない。でもダンスは一緒だった。
 カラテをやっていた、と言ってハイキックを見せると、また喜んで「腕相撲をしよう」と言い出す。腕相撲では勝てるわけないけれど、やってみて速攻負ける。今度は女の店員さん(超美人)と腕相撲をさせられるけれど、二人とも笑って勝負にならない。
 その後、店員さんの食事の時間になって、二人が食べている食事に招待される。
 米とコフタとトマトのスープ。エジプトに来て食べたものの中で、一番おいしかった。気持ちの上で嬉しかったのはもちろん、料理としても一番おいしかった。コフタは肉だから食べたくなかったけれど、断るわけにもいかず、食べたらおいしかった。米も素晴らしかった。
 ダーリンと一緒にご飯を食べることを思い出した。一人で作っても楽しくないけど、食べてもらえると思うとすごく楽しくなるし、おいしくなる。不思議。
 でも、宿題は全然進みませんでした(笑)。
 こっちで暮らしていると、日に日にアーンミーヤを理解したい気持ちが高まります。フスハーで喋ると、こっちの言っていることは向こうに大体通じるけれど、向こうは必ずしもフスハーを喋れるわけじゃない。もちろん、エジプト人同士が日常会話でフスハーを使うことはほとんどない。フスハーができる人でも、余程達者な人でないと、フスハーに切り替わる時に心のモードが「余所行き」にシフトする感じが、見ていてもわかる(フスハーの先生くらいの人になると、カジュアルな感じでフスハーを使っている)。アーンミーヤが聞き取れないと、テレビのニュースはわかっても、生活がちっとも楽しくない。
 その後ちょっとトラブルがあったけれど、しんどいので割愛。
 なんというか、この街には面白いものも沢山あるけれど、日本人にとってはストレスがたまることが多いです。夜の街を出歩けるだけでも貴重なのでしょうが、少なくとも東洋人の女が一人で歩いていて楽しい場所ではありません。
 まぁ、わたしが個人的に人一倍喧騒が嫌い、というのも大きいですが、日本のちょっとガラの悪い若者なんて、お上品なものだと感じてしまいます。大体、日本の喧騒なんて、新宿渋谷などの局所的な場所で騒がしいだけで、他の多くの場所は静かなものですし、ガラの悪い連中もいないし、どこをいつ誰が散歩していようが、はやし立てられることもなければ、襲われることもありません。信号もあるし(笑)。
 フスハーは好きだし、アラブの文化のいくつかの面はとても美しいと思いますが、とにかく非常に多くの点で日本とはかけ離れた世界なので、覚悟していたとはいえ、結構疲れます。にわか愛国者になってしまいます(笑)。いや、祖国というのは、どんなしょうもない国だとしても、良いものです。
 それだけに、自称愛国者の連中が外国人排斥で盛り上がったりするのには、心底うんざりさせられます。彼らが対象としているのは留学生や観光客ではないでしょうが、それにしたって、ああいう連中を見た外国人がどう感じるか、外国に行ってそういう連中を見たらどんな気持ちになるか、考えたことがないのでしょうか。
 個人的に、この街で一番癒される場所は、スーパーマーケット(日本の定義で言う「スーパー」の方)の中です。
 でもよく考えてみると、日本でもスーパーに行くのが大きな楽しみの一つだったので、そんなに違わない気もします・・・。

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